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唯「ドラクエ!」 第十九話

梓「澪先輩!!!!」

 澪は湖の水辺まで吹き飛び、半身を水に浸し横たわっていた。
 周囲の水は、薄暗くてはっきりと見えないが、徐々に赤みがかっていく。
 低温の湖の水がとても冷たくて堪らないはずだが、澪はピクリとも動かない。

紬(まままままずいわ!!)ダダダ

 澪が危険な状態にあると瞬時に理解して、
 紬は杖を手に取って澪に駆け寄った。

梓「唯先輩!律先輩をお願いします!」ダダダ 

 紬に続いて、梓も後を追う。

律「う・・・なんだ今の大きな音は?澪が・・・どうかしたのか?」

唯「りっちゃん・・・澪ちゃんが・・・」

 タートルは未だ静止している。

梓「澪先輩!」

 紬を追い越し、先に駆けつけた梓は澪の姿を見て凍りついた。

梓「ぅ・・・」

 澪は全身を損傷していた。
 腕の肉はえぐられ、出血している。
 地面に叩きつけられた衝撃のせいか、頭部からも出血していた。

澪「・・・」

梓「ムギ先輩!杖を!早く!」

 梓は澪の悲惨な姿を見て、知らぬうちに涙が流れていた。

紬「澪ちゃんしっかり!!」

 澪に駆け寄り、素早く杖を当てる紬。

 ポワァ

 杖から発せられた光が澪を覆う。

澪「・・・」

 しかし、澪は動かない。

紬「だめ、だめよこれじゃあ!間に合わない!」

紬「梓ちゃん唯ちゃん呼んで!!早く!!!」

 紬は涙声になりながらも、精一杯声を荒げた。

梓「ゆいせんぱ」

 梓は唯の方に振り向いた。
 しかし、眼があったのは唯ではなく、近寄ってくるタートルであった。

タートル「グアア」ドシドシ

 無情にも、ゆっくりと近づいてくるタートルが憎く、そして恐ろしかった。

梓「くっ・・・」

紬「唯ちゃん!!!唯ちゃん来てーー!!!」

唯「ムギちゃん!!」

 唯は呼ばれる前から駆け寄って来ていた。
 律が、自分は大丈夫だから澪を、と言ってくれたおかげだ。

唯「ホイミ!!」

 両手を澪の体に付けて、力いっぱいにマナを当てた。

 ポワァ

 杖の光と合わさり、柔らかな光は澪を覆い隠した。

澪「・・・」

 それでも、未だ指一つ動かなかった。

唯「澪ちゃん!澪ちゃん!」

紬「澪ちゃん返事して!澪ちゃん!」

 なんとか意識を取り戻したい、そう願って澪に呼びかけ続けた。

 しかし、唯と紬の背後では、巨体が着実に近づいてくる足音がしていた。
 それでも今は澪に集中して呼びかけ続ける。

タートル「グアア」ドシドシ

梓「く、来るなああ!!」

 梓は両手に短剣を握り、刃を向けて構えた。
 これ以上前進させてなるものか、避ける必要はない、力強く地面に足を踏みつけた。

タートル「グアア」ドシドシ

梓「こいよ!!やってやるです!!」

タートル「グアア」ドシン

 梓の目の前でタートルは足を止めた。
 手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。

梓「う・・・」

 あまりの巨体を目の前にし、梓は体が震えた。
 命に代えてもこの場は抑えたい、しかし、命に代えても、抑える自信が無かった。

澪「、、、あず、、逃、、ろ、、」ボソ

 二人のホイミの甲斐あって、澪は薄っすらと意識を取り戻していた。

紬「澪ちゃん!澪ちゃん大丈夫よ!唯ちゃんがホイミしてるから!大丈夫よ!」

 紬は号泣していた。

唯「澪ぢゃ、、、よがっだ、よがっだああああ」

 唯も号泣していた。

梓「こんな・・・こんな!!これ以上は!!」

 梓のすぐ後ろでは、二人が涙しながら澪にホイミを続けていた。
 しかし、梓のすぐ目の前では、巨大な亀がこちらを凝視しながら腰据えていた。
 
 もし、この亀が無情にも前方に突進してしまったら? 想像するに足る結果が恐ろしかった。
 梓はキッと口を結び、短剣を両手に握り直し、先制しようと決意した。


 これ以上、やらせない。


梓「もう『誰も』傷つけない!!!」

 腕を振り上げ、タートルに短剣を突き刺そうとしたその時。

梓「あ・・・」

 ある異変に気づいてしまった。

梓「なんで・・・」

 振り上げた腕を、ゆっくりと下げる。

タートル「グアア」

 タートルは静止したままだ。

梓「動けないの・・・?」

 自問自答するが、そんな訳ない、先ほどまで歩を進めていたのだ。

梓「じゃあ、なんで・・・」

紬「梓ちゃん?どうしたの?」

梓「タートルが動きません、わたしが攻撃しようとしても・・・」

タートル「グアア」

 タートルは未だ静止している。
 そして大きな眼で梓を凝視していた。

梓「なんで・・・」

 こちらを見ている、だが動く気配が無い。
 更に、どうしてか分からないが、敵意が感じられない。

唯「・・・ん?」

 薄暗い、よく見えない、けどあれは。
 唯は水辺で何かを見つけた。

唯「あ・・・あれ・・・これは」

 唯は手を伸ばし、水辺に浸っていた『物』を拾い上げた。

唯「あ、あずにゃん」

梓「唯先輩?どうした―――」

 振り向いた梓は、唯が手に持っている予想外の物を見て思考が停止してしまった。
 どういう事なんだろう、なんでだろう、いや、でも、どういう事なんだろう。
 そんな思考がグルグルと繰り返し脳裏を駆け巡った。

唯「あずにゃん、これって、もしかして」

梓「そんな・・・だって・・・でも」

 目の前のアイアンタートルを良く観察するが、とても想像できなかった。

タートル「グアア」

 唯の手には、ぼろぼろになった餌の容器。 
 トンちゃんの餌の容器が握られていたのだ。

タートル「グアア」

 信じられない。信じられる訳ない。

梓「だって、トンちゃんこんな大きくないし・・・」

 巨大なそれは、一般的な水槽で飼えるはずが無い。つまり違うのだ。

タートル「グアア」

梓「トゲも、生えてないし・・・」

 トゲが生えた亀など聞いたことがない。つまり違う。

タートル「グアア」

梓「トンちゃんは・・・すっぽんもどきです・・・」

 どこをどう見ても、すっぽんもどきの名残がない。全然違う。

タートル「グアア」

梓「トンちゃんは・・・トンちゃんは・・・」

 違う、有り得ない。

タートル「グアア」

 小さな泣き声を発して、タートルは梓の体に頭を擦り付け始めた。
 そのとても愛嬌のある仕草に、梓の眼に熱が込み上げる。

梓「トンちゃんは・・・」

 違うのに、絶対違うのに。

タートル「グアア」

 姿形はまるで違う、だから信じられない。無理だ。

 しかし理屈ではなかった。

 タートルの巨大な瞳が、いつか部室で見たトンちゃんのつぶらな瞳と合致してしまうから。

梓「トンちゃん・・・なんだね・・・」

 タートルに手を当てると、梓の両目から涙が溢れた。

唯「トンちゃん・・・あずにゃん・・・」

 衝撃の事実が周囲を包み、全員が涙した。
 何をやっていたんだろうと、後悔した。

 その束の間。

タートル「グガガアガガ!!!」ドシドシドシドシ

 突如、梓から離れたタートルは暴れだした。

梓「トンちゃんどうしたの!?その傷のせいなの!?」

 タートルの体は先の戦闘でかなり傷ついていた。
 しかし、傷口に構わず、タートルは暴れ狂っている。

タートル「グガガアアガガガガ!!」ドシドシドシドシ

タートル「グッガアア!!」グググ

 長い首を捻りながら前に突き出し、梓の差し出していた腕に、
 噛み付いた。

 ガブッ!

梓「―――っ!?」

唯「あずにゃん!!」

タートル「グアアアア!」ドシドシ

 噛み付いたかと思うと、すぐさまパッと腕を離し、タートルはまた暴れだした。

梓「痛っ・・・トンちゃん?」

タートル「グガアガガガアガア!」ドシドシドシドシ

 頭を前後左右に振り回している姿が、梓にはそれがとても苦しそうに見えた。

梓「どうしたの!?トンちゃん!!」

 トンちゃんの様子が心配で身を乗り出すが、
 自身の噛み付かれた腕はじわじわと赤みを帯びていた。

唯「あずにゃん!」

 梓の腕を察して、唯は駆け寄った。
 そして梓の腕に両手をあてて詠唱しようとする。

唯「ホイ」

 しかし言い終わる内に振り払われた。

梓「わたしはいいです!痛くないです!それよりトンちゃんが!」

タートル「グガガガアアッガガアア!」ドシドシドシドシ

 ますます、タートルは暴れ続けた。
 よく見ると、口から泡を吹いている。

梓「トンちゃんを治してください!先輩!」

唯「あずにゃん・・・」

 唯はタートルと向き合い、
 そしてゆっくりと目を瞑った。

唯(何か、聞こえる気がする・・・)

 それは声ではなく、想いだと、唯は感じた。

唯「トンちゃん・・・こんなにおっきくなっちゃって」

 静かに語りながら、
 一歩ずつタートルに歩む唯。

唯「わたしが初めてトンちゃんを見つけたんだよ?覚えてるかなぁ」

唯「すっごくかわいくて、あ、今もかわいいよぉ、いや、カッコイイかなぁ」

タートル「グガアアアアア」

 唯が近づくにつれて、タートルは沈静した。

唯「トンちゃんのこと大好きだよ・・・トンちゃんもわたし達の事、大好きなんだね」

 その時、唯には全て聞こえた。
 トンちゃんの喜びの想いが。
 トンちゃんの悲しみの想いが。

唯「今、こうやってトンちゃんに近づけて、全部わかったよ」

唯「トンちゃん・・・」

タートル「グアア」

 タートルに手を触れた瞬間、唯の目に涙が押し寄せた。
 
唯「どんぢゃん・・・ごべんね・・・」グスグス

タートル「グアア」

梓「唯先輩、どうやったんですか・・・トンちゃん気持ち良さそうな顔してます!」グス

唯「・・・」

 唯はくるりと振り向き、タートルから離れて澪の居る所まで戻った。

タートル「グッガガアッガガガアアア!」ドシドシドシ

 すると、タートルはまた苦しみ、暴れだしてしまった。

梓「トンちゃん!トンちゃんが!」

梓「唯先輩!?・・・」

 唯の方へ振り向いた梓は、
 唯が何をしているのか理解出来なかった。

梓「先輩、何やってるんですか?」

 理解出来ないが、血の気が失せた。

唯「ごめん、あずにゃん」

 唯は両手で澪の剣を抱えていたのだ。

梓「何やってるんですか、ふざけないでください!」

梓「さっきみたいに、トンちゃん治してください!」

唯「だめだよ・・・出来ないんだよ・・・」

 そう呟き、剣を持って再びタートルに歩を進める。

梓「唯先輩!聞いてるんですか!?唯先輩!」

唯「・・・」

 梓の問いかけを無視し、それでも歩を進める唯。

梓「止めろって言ってんだよ!!!」

 梓は怒りキレた。
 唯の不可解な行動に怒りが溢れた。
 そして怒りは混乱に変わり、混乱は絶頂を迎えていた。

梓「止めて!止めて!止めて!先輩!!!」

タートル「グアア」

 唯がタートルの目の前まで来ると、タートルはまた静まり返った。

梓「止め」

唯「トンちゃんの声が、聞こえたんだ」

梓「何言って・・・」

唯「トンちゃんね、あずにゃんの事が大好きだって」

タートル「グアア」スリスリ

 タートルは頭を唯に摺り寄せて、懐いた仕草を見せる。

梓「それは・・・わたしもトンちゃんが大好きですけど、今はそれどころじゃ」

唯「だから!」

唯「だから、わたしにお願いしたいって」

 唯は悲しげに剣を見つめていた。

梓「何を・・・」

タートル「グガアアア」

 タートルは唯が近くに居るに関わらず、
 段々と落ち着きが無くなってきていた。

唯「今日、皆に会えて良かったって」

唯「皆の匂いがしたから、頑張れたって」

梓「・・・」

 梓は黙った、なぜなら、自分よりも多くの涙を、唯は流していたから。

唯「ごめんねって、襲ってしまって、ごめんなさいって・・・」

唯「もう、時間がないんだって・・・」

唯「だから最後に、皆に近寄ったって・・・」

梓「・・・」

 梓の頬にはは、絶えず涙の線があった。
 混乱は絶頂を越えて、ようやく収束し、落ち着いた。
 唯が話している一言一言を理解できた。
 理解できたからこそ、梓の涙は滝のごとく流れ落ちた。

唯「あずにゃん」

梓「・・・はい・・・」

唯「・・・ごめんね・・・」

梓「・・・」

梓「・・・」

梓「・・・ゆ、ゆ、唯先輩・・・」

梓「・・・お願いじまず・・・」グス

 胸が、心が、魂が、苦しい。

タートル「グアア」

 力のない泣き声を発し、タートルは全員を見つめた。

 澪を見て、紬を見て、律を見て、目の前の唯を見て、
 そしてじっと梓を見つめて、ゆっくりと眼を瞑った。

唯「トンちゃん、いつまでも・・・」

 剣先をタートルの眉間に突き付ける。

梓「トンちゃん!」

 全身から声を振り絞った。

梓「大好きだから!」

 これ以上声は出なかった。

タートル「グアア」

 瞑った眼を見開き、
 呼応するかのように、梓を見つめて鳴いた。

唯「いつまでも友達だよ・・・」


 グサッ


 剣はタートルを突き刺した。


 そして


 アイアンタートルは倒れた。


梓「トンちゃあああああん!!うわああああああ!!!」

 地面に崩れ落ち、叫び声を上げて、悲しみを忘れたかった。
 そうしなければ、心が朽ちてしまいそうだったから。

唯「ドンぢゃん!!ごべん、ごべんね!」グスグス

 唯も崩れ落ちた。

 わたしが殺ってしまった、全ての責任は自分にある、自分が死ねばよかったのに、
 全てが憎く、それ以上に不甲斐ない自分が憎い。
 
 いっそ死んでしまいたい、生きていていいのか、そう思った、その時。

 トンちゃんの暖かさを感じた。

唯「ご、ごでば?」

梓「え・・・?」グス

 暖かさの正体、それはトンちゃんの亡骸から流れ出した虹色の光だった。
 辺り一面に伸びて伸びて伸びて、全てを虹が覆い尽くした。

唯「虹・・・?」

紬「暗いのに、はっきりと見えるわ」

 風のように流れ吹く虹。

澪「き、、、綺麗、、、」

律「ど、どうなったんだ・・・?」

 足元をすり抜け、髪をなびかせ、くすぐったくて暖かい。
 懐かしくて、心地よい、優しさのこもった虹。

梓「トンちゃんなんだね」グス

 虹に触れると、それはトンちゃんに触れた気がした。

梓「トンちゃん!」グス

 美しい虹からトンちゃんの想いが伝わってくる。

 言葉に出来ない想いがそこには在った。


 『ありがとう、大好き


梓「ずっと、ずっとずっと!友達なんだから!」グス

 そして、流れ出た虹は一同の体に吸い込まれていった。

唯「ずっと一緒なんだね・・・トンちゃん」

 虹が消えて、辺りは一瞬にして暗闇と静寂に包まれた。

 消灯と共に押し寄せたのは、悲しみと絶望、後悔と無念、懺悔、では無く。

 トンちゃんの優しさ、それが胸の奥で暖かい灯火となり、
 闇夜の湖で唯一の光となって、冷たくて凍えそうな皆の心を撫でて温めてくれた。

theme : けいおん!!
genre : アニメ・コミック

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トンちゃん....

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なける
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管理人:SS製作隊長

唯「ドラクエ!」シリーズ更新中!!

第一話スタートはコチラから
唯「ドラクエ!」第一話

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