唯「ドラクエ!」 第二十一話
-- ラインハルト近郊 --
そこは澪の背丈をゆうに超える植物が生い茂っている草原だった。
背高い植物が視界を奪い、数歩先に何があるのか分からない状況。
澪は左右前後に目を配らせながら、どこからか物音がしないか集中していた。
ザザザ
澪(違う・・・今のは風で揺れる音だな・・・)
風が強く、植物同士が擦れる音が非常にややこしい。
徐々に緊張感が増していく。
そこは澪の背丈をゆうに超える植物が生い茂っている草原だった。
背高い植物が視界を奪い、数歩先に何があるのか分からない状況。
澪は左右前後に目を配らせながら、どこからか物音がしないか集中していた。
ザザザ
澪(違う・・・今のは風で揺れる音だな・・・)
風が強く、植物同士が擦れる音が非常にややこしい。
徐々に緊張感が増していく。
澪(どこからくるか・・・)
リンリン
それは鈴が鳴る音だった。
音の発生場所は澪の腰からであり、腰に巻いた紐で鈴をぶら下げているため、
少し乱暴に動こうものなら容赦なく鈴音が響いてしまう。
ザザザ
鈴が鳴ったと同時に、草が擦れる音が激しく聞こえた。
澪「――――!!」
やはり鈴の音に感づいて来た、と澪は五感を研ぎ澄ます。
ザザザ
澪(居た!近い!右斜め後ろ!?)
草を掻き分ける音が近くまで来ていた。
澪はとっさに振り向くが。
梓「遅いです!」
バシッ
木の短剣の刃が、澪の脇腹を捕らえた。
澪「痛っ――」
梓「ふぅ・・・ここでは澪先輩の長剣は仇ですね」
澪を打撃した犯人は梓だった。
しかし澪は驚く素振りなく、悔しそうにも笑みを浮かべている。
澪「いや・・・それ以前に梓の動きに着いていけなかった・・・」
澪「ここまで視界が狭いと、視界以外の情報に敏感にならないといけないな」
梓「でも、音だけを頼りにするのも、なんだか不安ですよね」
澪「あぁ、一体なんの音なのか、確証がないからな」
澪と梓が反省会をしていたところ、また草が擦れる音が聞こえた。
ザザザ
草を掻き分けて、おでこを広げた律が現れた。
律「だーかーらー」
少しイラ立ちを見せながら律が言おうとするが、それを手で制止する澪。
澪「分かってる」
澪「相手のマナを感じ取るんだろ」
律「うむ、マーサさん言ってたろぉ?」
訓練のプランを考えるとき、マーサさんに相談していたのだ。
マーサさん曰く、マナを制する者は世界を制する、だそうだ。
マナを制するとはつまり、マナを感じ取る事に長けろ、ということらしい。
梓「でも、一向に成長しないです、さっぱり分かりません・・・」
マナを感じ取る訓練、そのためにこの場所を選んでいた。
しかし、何度やっても感覚が分からず、まるで空気を掴むような話だと梓は思っていた。
澪「そういう律だって」
律「わぁってるよー、あたしもぜんっぜんわっかんねぇ」
梓「どうしましょうか・・・」
律「どうするもこうするも・・・」
律「やるしかねーだろぉ?」
澪「そうだな、何回でも挑戦しよう」
梓「はい、分かるまで、何度でもやってやるです」
律「じゃあ次は梓が守りな、あたしが攻めだ」
梓「はいです!」
澪から鈴を受け取り、三人はまた生い茂る植物に身を潜めた。
こうして、訓練はいつも日が落ちるまで続けられていた。
-- 図書館 --
スー・・・スー・・・
寝息すら聞き取れる程、ここの空間はいつも静寂に包まれていた。
唯「スー・・・スー・・・」
紬「唯ちゃん、唯ちゃん」ユサユサ
唯の手には、『防御呪文書 初級編』が握られていた。
唯「んん・・・」ムク
唯「ムギちゃん・・・」
紬「おはよう、唯ちゃんっ」
唯「ここは・・・」
紬「図書館よ?」
唯「そっか・・・夢か・・・」
紬「現実よ!?」
唯「うぇ!?現実!?」
ほっぺを軽くつねる。
唯「痛たた、あ、ほんとだ!ムギちゃんおはよ~」
紬「フフフ、おはよう~♪」
唯は手に持っている本をじっと見つめた。
唯「あ!?これ!?夢の中で使えた呪文ばかりだぁ!」
紬「フフフ、夢で使えてもだめじゃないかしら」
唯「エヘヘー、全然分からないから夢の中で練習してたよー」
唯「見ててムギちゃん」フンス
唯は両手を頭上で広げて大の字の格好になる。
紬「夢の中で練習って・・・」
(そんな事できるのかしら)
唯は目を瞑り集中した。
唯(マナを両手一杯に集めて)
唯(大きく引き伸ばすような感じで)
唯(よし!イケル!)
目を見開き、深呼吸する唯。
唯「皆を守るよ!スクルト~!」
ブワァー
直後、唯の前方に広がる透明な壁。
透明ではあるが、それは光を屈折しているため、空間の歪みを目視できた。
スカラの呪文より横に広がり、隣に居る紬の前方まで壁は届いた。
紬「すごい!すごいわ唯ちゃん!」
唯「・・・」
唯「プハー」
脱力するのと同時に、壁は消えた。
唯「はぁはぁ・・・すっごい疲れるねぇ・・・」
額からは汗が吹き出した。
紬「唯ちゃん大丈夫?」
唯「うん・・・一応出来たけど、あまり長い時間は使っていられないなぁ」
紬「ううん、一瞬出来ただけでもすごいと思うわぁ」
紬「はい、お菓子♪」
唯「うわぁ~、お菓子お菓子~♪」パクッ
唯「おいし~~♪」
紬「ちょっと休憩にしましょうね♪」
お菓子をほおばり、紬のお茶で一息つく唯。
唯「ムギちゃんは勉強の成果はどうだったの?」
紬「うーんと」
頬杖をしながら考え込む紬。
紬「ひ・み・つ♪」
唯「え~?ずるいよー、教えて教えてよ~~」
紬「ほらほら、もっとお菓子食べて?」
唯「あ、はむはむ」
唯「うんま~~♪」
紬「ウフフフ♪」
こうして、唯と紬の修練も、淡々とこなされていた。
-- 夜 旅人の宿屋102号室 --
一日の修行を終えて、それぞれがリビングのテーブルについていた。
律「うめぇー」ガツガツ
澪「このお肉、すごく美味しいな」モグモグ
梓「美味しいですね、なんのお肉なんでしょうか」モグモグ
紬「ほんとに?良かったわぁ」
唯「うんまいねぇ~」モグモグ
紬「練習ですごく疲れているかと思ったから、お肉屋さんに相談して買ってきたの」
紬「『メラリザード』ってモンスターのお肉らしいわぁ」
お皿にでかでかと乗っかっている肉は、見かけは上等な牛肉のようだった。
律「リザードって・・・トカゲか?」モグモグ
澪「どうなんだろう・・・」モグモグ
梓「ドラクエでは、ドラゴンの部類だったと思いますが・・・」モグモグ
唯「ドラゴン・・・?」モグモグ
一同は肉を見つめた。
律「ド、ドラゴンつったら、あのシェンロンみたいな感じか?」アセアセ
澪「空想上の生物だと思ってたけど・・・」アセアセ
梓「ドラゴンクエストの世界ですから・・・」アセアセ
唯「ドラゴンうっまぁ~♪」
紬「良かったわ~~♪」
律澪梓(ドラゴン食べてるって、すごい状況のような気が・・・)
律「ま、まぁうまけりゃなんでもござれだぜ!」ガツガツ
唯「ござれござれ♪」モグモグ
梓「そ、そうですね・・・」モグモグ
澪「ムギは今日の練習どうだったんだ?」
紬「うん、今日はすごく充実できたわぁ、特に唯ちゃんなんかは」モグモグ
唯「そうなんだよ、新呪文を覚えたんだよ!」フンス
澪「おぉー、すごいな、で、どんなのなんだ?」
唯「ひ・み・つ、だよっ」
澪「えぇ~?それは後々困らないか?」
律「戦略立て辛いぞー」
唯「えぇ~~、だってムギちゃんも秘密だしー」
紬「フフ、分かったわ、私が覚えた呪文は『ギラ』って呪文よ」
唯「ギラ?」
梓「広範囲に敵を攻撃できる呪文ですね」モグモグ
紬「さすが梓ちゃん!そうなの、バリバリって音がして、広範囲に攻撃できるのぉ」
律「ほぇ~、なんか凄そうだなー」
澪「さて次は唯だぞー?」
唯「んもう、しょうがないなぁ・・・わたしが覚えた呪文は『スクルト』って言うんだ~」
梓「こちらも、広範囲に使える防御呪文ですね」
唯「あずにゃん全部言わないでよー」プー
梓「あぁ、すみませんっ」
澪「すごいなー二人とも、これでライラックも倒せるんじゃないのか?」
律「どうだろうなぁ・・・情報が少ないからなんともなぁ」
紬「あ、そうだわっ!」
ポンッと相槌を打ち、何か思い出した様子の紬。
唯「どしたの?」
紬「そのライラックの事なんだけど」
紬「エリちゃんの取引日に、ライラックをそのまま倒しちゃうのが私達の作戦よね?」
澪「たしか、そうだよな」
律「うん、そのつもりだった」
紬「そうなった時に、あらかじめこの町の人達に伝えておかないと、問題にならないかなって思ったの」
梓「あー、確かにそうですよね」
梓「いきなり見ず知らずの連中が取引中にライラックに戦いを挑むとなると」
澪「もしかすると、この町の人達も敵に回してしまうかもしれない、って訳か」
紬「そうそう」
律「なるほどなー、あんまり考えてなかったわ・・・」
唯「それじゃあ、明日皆で説明しに行けばいいかなぁ?」
唯「賄賂とか用意して!」ワクワク
梓「なんのドラマ見たんですか、止めてください」
唯「ぇー?交渉術の基本じゃーん?」
律「自分で何言ってるか分かってないだろ」
唯「エヘヘ、ドラマの見すぎでした」
澪「まぁ、正々堂々と説明するしかないだろうな」
紬「そうね、明日皆で行ってみましょ」
律「うん、そうすっかー」
それからメラリザードの肉を完食して就寝したが、
どうも興奮して寝つきが悪かった。
紬(メラリザードのお肉は興奮剤になるのかしら・・・覚えとこっと)
-- 翌日 町役場 --
町の入り口にある門をまっすぐ進んで、広場を抜けた先に町役場は在った。
横に長い平屋で、中には円形に広がった空間がある。
広間の中心に教壇があり、それを囲うようにして腰掛ける席がある。
律「たのもーーー!」
ドアを開けると共に、律は声を張り上げた。
広間には既に数人が居て、この町の長らしき人物と他の者が協議している様子だった。
澪「もうちょっと言い方ってもんがあるだろう!」ボソボソ
男A「何用だ!?今は報告会の真っ最中だぞ」
手前に腰掛けている男がこちらを睨み付けた。
律「あ、いや、そのぉ・・・」アセアセ
澪「す、すみません、村長さんにお話があって来たのですが・・・」
澪が顔を真っ赤にして尋ねると、
教団に立っている初老の男性がこちらに優しく微笑んでくれた。
村長「ふむ、なんのご用かの?あまり時間は取れんが」
唯「エリちゃんの事で来ました!!」
唯は手を上げて声を張って宣言した。
それからザワザワと周囲の人々が声を発し、そしてまた静まり返った。
村長「エリちゃん、とは・・・エリン アトリベリアの事かの?」
村長は訝しげな表情をして唯を見つめた。
唯「はい、ライラックとの取引についてお話しがあります!」
どのような反応を示されるのか検討が付かず、唯たちはとても緊張していた。
村長「たしか、お嬢さん達は、この町に数週間前に来た旅人じゃったの?」
紬「はい、そのとおりです」
村長「では、あまりこの町の事に首を突っ込まんでくれるか、あれはもう済んだ話なんじゃ」
村長はやれやれと手を振り、話す余地がない素振りをした。
唯「ダメだよ!エリちゃんだけ辛くなるなんて!絶対ダメだよ!」
しかし唯は当然納得がいかず、唯だけでなく、全員が抗議の構えをしていた。
律「そうだそうだー、自分達だけ助かろうなんて卑怯だ!」
男A「お前達!何も事情知らんで!口出しするんじゃない!」
大人の男が怒りの形相でこちらを睨むので、一瞬怯みかけるが。
梓「事情は知ってます!だからエリちゃんを助けたいんです!」
エリンの事を思う気持ちが強かった。
村長「あの6年前の悲劇を知っておると?いいや、知らん、知るのは場に居合わせた者だけじゃて」
村長「所詮は口伝えで聞いた話じゃろう・・・」
そう言って村長は顔を曇らせた。
周りの席に着いている人々も、徐々に項垂れていく。
唯「確かにわたし達は居なかったよ!でも、そんなの関係ないよ!」
唯「同い年の女の子がモンスターの取引にされるなんて、間違ってるとしか思えないよ!」
唯には深い考え方がある訳ではなかった。
たしかに6年前の出来事で悲しんだ者もいるだろう。
しかし、過去の出来事を悔やんでもしょうがないと思っていた。
今を生きるエリンを助けたい、その強い思いだけが心に根付いていた。
唯「だから、わたし達がライラックを倒すから!」
唯の声だけが響いた。
もともと声が響くように設計された場所だけあって、幾分、唯の声はこだました。
男A「倒すって・・・おまえ達ライラックの事を知ってんのか?」
律「う・・・」
正直にいうと名前しか知らないのだ。
男A「あいつらの軍隊は、この町の二倍は居るんだで、そんなやつらに勝てる訳ねぇべ・・・」
男B「んだんだ・・・」
男達は口を結び、悔しそうな面持ちをしている。
村長「最初、わしらも戦う事を考えたんじゃ・・・しかし、勝てん」
村長「そしてライラックは取引を持ちかけてきよった」
村長「エリンを引き渡せば、この町に被害は与えないと」
村長「そうでなければ、力付くで奪うと・・・」
村長は項垂れ、これ以上話したくない様子だった。
男A「村長をこれ以上責めんでくれや・・・この町のことを思ってのご判断なんだ」
唯「でも、エリちゃんは・・・エリちゃんはどうなってもいいんですか!?」
男B「だから!あっしらも戦おうと思った!しかし勝てん相手に挑んでどうする!?」
男B「この町には、エリンの他にも女、子供は大勢いるんだで!?」
男B「主らはその者達を守りきれる自身があるのか!? え!?」
澪「そ・・・それは・・・」
一同は取引までの経緯を知らなかった。
だから不意をつかれ、言葉を失ってしまった。
どうすればよかったのか、今になって不安になってしまった。
唯を除いて。
唯「勝ち負けじゃない!エリちゃんを守るんだよ!!」
ゆるぎない信念か、いや、エリンを守る、それだけしか頭になかった。
考える必要などなかった。
村長「お嬢さん達には分かるまいて・・・」
その時、広間の奥の方から大きな笑い声が聞こえた。
ガッハッハッハ
笑い声を上げていたのは武器屋のおやじだった。
武器屋おやじ「お前達おもしろいぞ!俺も戦う事には前から賛成じゃった!ガッハッハッハ!」
律「あのおやじ」
初老「じゃが、勝算が無い以上は――」
武器屋おやじ「村長、状況は以前と違う」
武器屋おやじ「その娘らがいるじゃねぇか」
指差した先には唯たちが居る。
武器屋おやじ「俺は知ってるんだがね、なんせウチの武器で戦ってくれたんだ」
武器屋おやじ「あの娘らはこの町唯一!ランクDのモンスターを討伐したギルドだ!」
おやじが言い放った途端、周囲はざわめいた。
男B「なんだって?ランクDの討伐をしたんか!?」
男C「そいつぁすげぇ!」
男D「ほんとかよ、信じらんねぇなぁ」
ざわめきは止まらなかった、そのため村長が咳払いをした。
村長「んんんぬ!!」ゴンゴン
机を叩き、音を立てて一時の騒ぎを静止させる。
村長「お嬢さん達や、亭主の言った事は誠かの?」
律「おう!あたし達がトータル退治をクリアしたぜ!」
梓「律先輩、いいんですか?トンちゃんとはまともに戦ってないですけど・・・」ボソボソ
律「嘘も方便だろぉ?」ボソボソ
紬「りっちゃんの言うとおり、今はこの場を凌ぎましょ」ボソボソ
村長「ふぅむ・・・」
目を閉じてじっと動かなくなり、どうやら長考しているようだ。
紬「あの!」
紬が声を出すと、村長はゆっくりと瞑った目を開いてこちらを見た。
紬「それに、エリンちゃんを引き渡したとしても」
紬「ライラックがこの町を襲わないという確証はあるのでしょうか?」
またざわめきが始まった。
しかし周囲の声は先ほどと打って変わり、暗い様子である。
紬の意見はどうやらツボだったらしい。
男C「たしかにな・・・エリンを渡した途端、攻撃してくるかもしれねぇ」
男D「構わず襲撃してくる可能性の方があるんじゃねぇのか?」
村長「んんんんぬ!!」ゴンゴン
また周囲を静止させ、村長が言う。
村長「お嬢さんの言うことはもっともじゃ、それは前から協議されておった!」
村長「だが、以前の協議では勝算が見つからず、取引に応じるのが最良と判断したのじゃ」
村長「しかしじゃ・・・」
村長は辺りをゆっくりと見回し、
続いて声のトーンを上げて言い放った。
村長「もし!この町に勝算があるとすればじゃ!」
村長「わしらは争いの選択を取る!」
オオオオオオオオ!!
途端、周囲が歓喜した。
実は初めから、町の人々全員がエリンを引き渡したくなかったのではと梓は感じた。
澪「す、すごいなっ」アセアセ
律「おじいちゃんやるぜ!」
村長「だがの、まだ一人納得のいかない者もおるんじゃ」
唯たちに聞こえる音量で、村長は語りかけた。
唯「それは――」
バーーン!!
唯が問いかける声は扉が開く大きな音にかき消された。
紬「マーサさん?」
ドアの前に仁王立ちしているのはマーサだった。
マーサは眉間にしわを寄せ、怒り奮闘した表情をしている。
紬「マーサさん、どうして――」
マーサ「貴方達、余計な事をしてくれたわね」
一同を一瞥すると、マーサそれから目を合わさなかった。
マーサ「村長!話しが違うんじゃないかしら!?」
村長「マーサや・・・過去に囚われては未来の足枷となろうて」
マーサ「引きずって生きるのよ!ここにいる全員と!この町が!」
マーサ「だから私がこの取引を斡旋したというのに!!」
紬「え?」
何を言っているのか理解できなかった。
マーサが取引を斡旋?そんな訳ないと紬は心の中で呟いた。
村長「聞いておったのなら分かるじゃろう!」
村長「あのライラックは、きっと、取引の後にこの町を襲撃しよる!」
マーサ「なら、あの娘を引き渡した後に争えばいい!」
マーサ「私はあの娘が居なくなればそれでいいのよ!!!」
マーサは力いっぱいに声を荒げていた。
それから広間は静まり返っていたが、唯の言葉が静寂を切った。
唯「マーサさん」
唯「ライラックを倒した後は、エリちゃんはわたし達と一緒に旅に出ます」
唯「だから、この町を離れます」
マーサはキッと唯を睨み付けた。
今まであんなに優しかったマーサさんがどうして、紬はその様子が未だ信じられずに居た。
マーサ「分かったわ、いいわ、あの娘が居なくなるのなら」
マーサ「どっちでも」
そう言い捨てて踵を返し、マーサはその場を去った。
男A「マーサさん・・・」
律「なんだよ!どういうことだよ!?なんであのマーサさんが」
紬「どうして・・・」グス
紬はショックの余り、床に座り込んでしまった。
項垂れて、それはうっすらと涙を隠しているからだった。
澪「ムギ・・・きっと何か事情があるんだよ・・・」
(ムギはマーサさんと仲良かったからな)
マーサの家に用事があって行った時、マーサと紬は仲良くお茶を淹れたり、
遅くまで話し混んでいる事が何度かあったなと、澪は思い出していた。
男A「マーサさんはな・・・」
男A「6年前の惨事で、夫と息子を亡くしてんだ・・・」
律「6年前って、それじゃあ・・・」
男A「だから、エリンの事を死ぬほど恨んでる・・・」
梓「そんな・・・」
6年前の悲劇、マーサもまた被害者だったのだ。
梓は、エリンもマーサも大好きだった。
この町に来てから何度もマーサに立会い、何度も助けて貰った。
梓以外にも、この場の全員がマーサに返しきれない程の感謝を抱いているに違いない。
それだから、とても複雑な心境に陥ってしまい、どうすればよいのか分からなかった。
しかし梓の予想とは違い、唯の気持ちは違っていた。
唯「わたしは違うと思うな」
他のメンバーが躊躇し、戸惑いに駆られていたところ、
唯だけはしっかりと前を見据えていた。
梓「唯先輩・・・」
唯「だって」
唯「エリちゃんを渡すのは絶対間違ってるから!」
どのような事情があろうと、唯は変わらない答えを持ったのだろう。
だから、強情で、純粋で、危うくも正義を貫く、そんな先輩が好きなんだろうなと思ってしまう。
紬「唯ちゃん・・・」
澪「そうだよな、唯の言う通りだよ」
澪「マーサさんには色々と教えて貰ったけど・・・」
澪「今度はわたし達が教えてあげないといけないのかもな」
律「澪ちゃんカッチョイッ、ヒューヒュー!」
澪「ちゃかすなっ!」
ゴチン
律「それで、村長のおじちゃんよお」ヒリヒリ
村長「うむ、この町の総力を上げて、ライラックに立ち向かおう」
村長「お嬢さん達のお力、どうか助力いただけるかの?」
村長は深々と頭を下げた。
男A「お、お前さん達!すまなかった!」
男B「すまねぇ!この町を救ってくれ!」
周囲の面々も、次々と頭を下げた。
律「ったくしょうがねぇなぁ!」
ボリボリと頭をかきながら律は前に出たが。
スッと紬が立ち上がり、律よりも前に出て言い放った。
紬「高くつきますわよ!」
鼻を赤くし、少し震えた声で律のセリフを奪った。
律「あたしの見せ場が・・・」ガクッ
澪「ププ、残念だったな」ボソ
律「ちぇ・・・」
グスグスと鼻をすすりながらも、真っ直ぐと前を見据える紬を見て、
律もまた、真っ直ぐと前に向き直し、人々の声援を全身で受け止めるのであった。
リンリン
それは鈴が鳴る音だった。
音の発生場所は澪の腰からであり、腰に巻いた紐で鈴をぶら下げているため、
少し乱暴に動こうものなら容赦なく鈴音が響いてしまう。
ザザザ
鈴が鳴ったと同時に、草が擦れる音が激しく聞こえた。
澪「――――!!」
やはり鈴の音に感づいて来た、と澪は五感を研ぎ澄ます。
ザザザ
澪(居た!近い!右斜め後ろ!?)
草を掻き分ける音が近くまで来ていた。
澪はとっさに振り向くが。
梓「遅いです!」
バシッ
木の短剣の刃が、澪の脇腹を捕らえた。
澪「痛っ――」
梓「ふぅ・・・ここでは澪先輩の長剣は仇ですね」
澪を打撃した犯人は梓だった。
しかし澪は驚く素振りなく、悔しそうにも笑みを浮かべている。
澪「いや・・・それ以前に梓の動きに着いていけなかった・・・」
澪「ここまで視界が狭いと、視界以外の情報に敏感にならないといけないな」
梓「でも、音だけを頼りにするのも、なんだか不安ですよね」
澪「あぁ、一体なんの音なのか、確証がないからな」
澪と梓が反省会をしていたところ、また草が擦れる音が聞こえた。
ザザザ
草を掻き分けて、おでこを広げた律が現れた。
律「だーかーらー」
少しイラ立ちを見せながら律が言おうとするが、それを手で制止する澪。
澪「分かってる」
澪「相手のマナを感じ取るんだろ」
律「うむ、マーサさん言ってたろぉ?」
訓練のプランを考えるとき、マーサさんに相談していたのだ。
マーサさん曰く、マナを制する者は世界を制する、だそうだ。
マナを制するとはつまり、マナを感じ取る事に長けろ、ということらしい。
梓「でも、一向に成長しないです、さっぱり分かりません・・・」
マナを感じ取る訓練、そのためにこの場所を選んでいた。
しかし、何度やっても感覚が分からず、まるで空気を掴むような話だと梓は思っていた。
澪「そういう律だって」
律「わぁってるよー、あたしもぜんっぜんわっかんねぇ」
梓「どうしましょうか・・・」
律「どうするもこうするも・・・」
律「やるしかねーだろぉ?」
澪「そうだな、何回でも挑戦しよう」
梓「はい、分かるまで、何度でもやってやるです」
律「じゃあ次は梓が守りな、あたしが攻めだ」
梓「はいです!」
澪から鈴を受け取り、三人はまた生い茂る植物に身を潜めた。
こうして、訓練はいつも日が落ちるまで続けられていた。
-- 図書館 --
スー・・・スー・・・
寝息すら聞き取れる程、ここの空間はいつも静寂に包まれていた。
唯「スー・・・スー・・・」
紬「唯ちゃん、唯ちゃん」ユサユサ
唯の手には、『防御呪文書 初級編』が握られていた。
唯「んん・・・」ムク
唯「ムギちゃん・・・」
紬「おはよう、唯ちゃんっ」
唯「ここは・・・」
紬「図書館よ?」
唯「そっか・・・夢か・・・」
紬「現実よ!?」
唯「うぇ!?現実!?」
ほっぺを軽くつねる。
唯「痛たた、あ、ほんとだ!ムギちゃんおはよ~」
紬「フフフ、おはよう~♪」
唯は手に持っている本をじっと見つめた。
唯「あ!?これ!?夢の中で使えた呪文ばかりだぁ!」
紬「フフフ、夢で使えてもだめじゃないかしら」
唯「エヘヘー、全然分からないから夢の中で練習してたよー」
唯「見ててムギちゃん」フンス
唯は両手を頭上で広げて大の字の格好になる。
紬「夢の中で練習って・・・」
(そんな事できるのかしら)
唯は目を瞑り集中した。
唯(マナを両手一杯に集めて)
唯(大きく引き伸ばすような感じで)
唯(よし!イケル!)
目を見開き、深呼吸する唯。
唯「皆を守るよ!スクルト~!」
ブワァー
直後、唯の前方に広がる透明な壁。
透明ではあるが、それは光を屈折しているため、空間の歪みを目視できた。
スカラの呪文より横に広がり、隣に居る紬の前方まで壁は届いた。
紬「すごい!すごいわ唯ちゃん!」
唯「・・・」
唯「プハー」
脱力するのと同時に、壁は消えた。
唯「はぁはぁ・・・すっごい疲れるねぇ・・・」
額からは汗が吹き出した。
紬「唯ちゃん大丈夫?」
唯「うん・・・一応出来たけど、あまり長い時間は使っていられないなぁ」
紬「ううん、一瞬出来ただけでもすごいと思うわぁ」
紬「はい、お菓子♪」
唯「うわぁ~、お菓子お菓子~♪」パクッ
唯「おいし~~♪」
紬「ちょっと休憩にしましょうね♪」
お菓子をほおばり、紬のお茶で一息つく唯。
唯「ムギちゃんは勉強の成果はどうだったの?」
紬「うーんと」
頬杖をしながら考え込む紬。
紬「ひ・み・つ♪」
唯「え~?ずるいよー、教えて教えてよ~~」
紬「ほらほら、もっとお菓子食べて?」
唯「あ、はむはむ」
唯「うんま~~♪」
紬「ウフフフ♪」
こうして、唯と紬の修練も、淡々とこなされていた。
-- 夜 旅人の宿屋102号室 --
一日の修行を終えて、それぞれがリビングのテーブルについていた。
律「うめぇー」ガツガツ
澪「このお肉、すごく美味しいな」モグモグ
梓「美味しいですね、なんのお肉なんでしょうか」モグモグ
紬「ほんとに?良かったわぁ」
唯「うんまいねぇ~」モグモグ
紬「練習ですごく疲れているかと思ったから、お肉屋さんに相談して買ってきたの」
紬「『メラリザード』ってモンスターのお肉らしいわぁ」
お皿にでかでかと乗っかっている肉は、見かけは上等な牛肉のようだった。
律「リザードって・・・トカゲか?」モグモグ
澪「どうなんだろう・・・」モグモグ
梓「ドラクエでは、ドラゴンの部類だったと思いますが・・・」モグモグ
唯「ドラゴン・・・?」モグモグ
一同は肉を見つめた。
律「ド、ドラゴンつったら、あのシェンロンみたいな感じか?」アセアセ
澪「空想上の生物だと思ってたけど・・・」アセアセ
梓「ドラゴンクエストの世界ですから・・・」アセアセ
唯「ドラゴンうっまぁ~♪」
紬「良かったわ~~♪」
律澪梓(ドラゴン食べてるって、すごい状況のような気が・・・)
律「ま、まぁうまけりゃなんでもござれだぜ!」ガツガツ
唯「ござれござれ♪」モグモグ
梓「そ、そうですね・・・」モグモグ
澪「ムギは今日の練習どうだったんだ?」
紬「うん、今日はすごく充実できたわぁ、特に唯ちゃんなんかは」モグモグ
唯「そうなんだよ、新呪文を覚えたんだよ!」フンス
澪「おぉー、すごいな、で、どんなのなんだ?」
唯「ひ・み・つ、だよっ」
澪「えぇ~?それは後々困らないか?」
律「戦略立て辛いぞー」
唯「えぇ~~、だってムギちゃんも秘密だしー」
紬「フフ、分かったわ、私が覚えた呪文は『ギラ』って呪文よ」
唯「ギラ?」
梓「広範囲に敵を攻撃できる呪文ですね」モグモグ
紬「さすが梓ちゃん!そうなの、バリバリって音がして、広範囲に攻撃できるのぉ」
律「ほぇ~、なんか凄そうだなー」
澪「さて次は唯だぞー?」
唯「んもう、しょうがないなぁ・・・わたしが覚えた呪文は『スクルト』って言うんだ~」
梓「こちらも、広範囲に使える防御呪文ですね」
唯「あずにゃん全部言わないでよー」プー
梓「あぁ、すみませんっ」
澪「すごいなー二人とも、これでライラックも倒せるんじゃないのか?」
律「どうだろうなぁ・・・情報が少ないからなんともなぁ」
紬「あ、そうだわっ!」
ポンッと相槌を打ち、何か思い出した様子の紬。
唯「どしたの?」
紬「そのライラックの事なんだけど」
紬「エリちゃんの取引日に、ライラックをそのまま倒しちゃうのが私達の作戦よね?」
澪「たしか、そうだよな」
律「うん、そのつもりだった」
紬「そうなった時に、あらかじめこの町の人達に伝えておかないと、問題にならないかなって思ったの」
梓「あー、確かにそうですよね」
梓「いきなり見ず知らずの連中が取引中にライラックに戦いを挑むとなると」
澪「もしかすると、この町の人達も敵に回してしまうかもしれない、って訳か」
紬「そうそう」
律「なるほどなー、あんまり考えてなかったわ・・・」
唯「それじゃあ、明日皆で説明しに行けばいいかなぁ?」
唯「賄賂とか用意して!」ワクワク
梓「なんのドラマ見たんですか、止めてください」
唯「ぇー?交渉術の基本じゃーん?」
律「自分で何言ってるか分かってないだろ」
唯「エヘヘ、ドラマの見すぎでした」
澪「まぁ、正々堂々と説明するしかないだろうな」
紬「そうね、明日皆で行ってみましょ」
律「うん、そうすっかー」
それからメラリザードの肉を完食して就寝したが、
どうも興奮して寝つきが悪かった。
紬(メラリザードのお肉は興奮剤になるのかしら・・・覚えとこっと)
-- 翌日 町役場 --
町の入り口にある門をまっすぐ進んで、広場を抜けた先に町役場は在った。
横に長い平屋で、中には円形に広がった空間がある。
広間の中心に教壇があり、それを囲うようにして腰掛ける席がある。
律「たのもーーー!」
ドアを開けると共に、律は声を張り上げた。
広間には既に数人が居て、この町の長らしき人物と他の者が協議している様子だった。
澪「もうちょっと言い方ってもんがあるだろう!」ボソボソ
男A「何用だ!?今は報告会の真っ最中だぞ」
手前に腰掛けている男がこちらを睨み付けた。
律「あ、いや、そのぉ・・・」アセアセ
澪「す、すみません、村長さんにお話があって来たのですが・・・」
澪が顔を真っ赤にして尋ねると、
教団に立っている初老の男性がこちらに優しく微笑んでくれた。
村長「ふむ、なんのご用かの?あまり時間は取れんが」
唯「エリちゃんの事で来ました!!」
唯は手を上げて声を張って宣言した。
それからザワザワと周囲の人々が声を発し、そしてまた静まり返った。
村長「エリちゃん、とは・・・エリン アトリベリアの事かの?」
村長は訝しげな表情をして唯を見つめた。
唯「はい、ライラックとの取引についてお話しがあります!」
どのような反応を示されるのか検討が付かず、唯たちはとても緊張していた。
村長「たしか、お嬢さん達は、この町に数週間前に来た旅人じゃったの?」
紬「はい、そのとおりです」
村長「では、あまりこの町の事に首を突っ込まんでくれるか、あれはもう済んだ話なんじゃ」
村長はやれやれと手を振り、話す余地がない素振りをした。
唯「ダメだよ!エリちゃんだけ辛くなるなんて!絶対ダメだよ!」
しかし唯は当然納得がいかず、唯だけでなく、全員が抗議の構えをしていた。
律「そうだそうだー、自分達だけ助かろうなんて卑怯だ!」
男A「お前達!何も事情知らんで!口出しするんじゃない!」
大人の男が怒りの形相でこちらを睨むので、一瞬怯みかけるが。
梓「事情は知ってます!だからエリちゃんを助けたいんです!」
エリンの事を思う気持ちが強かった。
村長「あの6年前の悲劇を知っておると?いいや、知らん、知るのは場に居合わせた者だけじゃて」
村長「所詮は口伝えで聞いた話じゃろう・・・」
そう言って村長は顔を曇らせた。
周りの席に着いている人々も、徐々に項垂れていく。
唯「確かにわたし達は居なかったよ!でも、そんなの関係ないよ!」
唯「同い年の女の子がモンスターの取引にされるなんて、間違ってるとしか思えないよ!」
唯には深い考え方がある訳ではなかった。
たしかに6年前の出来事で悲しんだ者もいるだろう。
しかし、過去の出来事を悔やんでもしょうがないと思っていた。
今を生きるエリンを助けたい、その強い思いだけが心に根付いていた。
唯「だから、わたし達がライラックを倒すから!」
唯の声だけが響いた。
もともと声が響くように設計された場所だけあって、幾分、唯の声はこだました。
男A「倒すって・・・おまえ達ライラックの事を知ってんのか?」
律「う・・・」
正直にいうと名前しか知らないのだ。
男A「あいつらの軍隊は、この町の二倍は居るんだで、そんなやつらに勝てる訳ねぇべ・・・」
男B「んだんだ・・・」
男達は口を結び、悔しそうな面持ちをしている。
村長「最初、わしらも戦う事を考えたんじゃ・・・しかし、勝てん」
村長「そしてライラックは取引を持ちかけてきよった」
村長「エリンを引き渡せば、この町に被害は与えないと」
村長「そうでなければ、力付くで奪うと・・・」
村長は項垂れ、これ以上話したくない様子だった。
男A「村長をこれ以上責めんでくれや・・・この町のことを思ってのご判断なんだ」
唯「でも、エリちゃんは・・・エリちゃんはどうなってもいいんですか!?」
男B「だから!あっしらも戦おうと思った!しかし勝てん相手に挑んでどうする!?」
男B「この町には、エリンの他にも女、子供は大勢いるんだで!?」
男B「主らはその者達を守りきれる自身があるのか!? え!?」
澪「そ・・・それは・・・」
一同は取引までの経緯を知らなかった。
だから不意をつかれ、言葉を失ってしまった。
どうすればよかったのか、今になって不安になってしまった。
唯を除いて。
唯「勝ち負けじゃない!エリちゃんを守るんだよ!!」
ゆるぎない信念か、いや、エリンを守る、それだけしか頭になかった。
考える必要などなかった。
村長「お嬢さん達には分かるまいて・・・」
その時、広間の奥の方から大きな笑い声が聞こえた。
ガッハッハッハ
笑い声を上げていたのは武器屋のおやじだった。
武器屋おやじ「お前達おもしろいぞ!俺も戦う事には前から賛成じゃった!ガッハッハッハ!」
律「あのおやじ」
初老「じゃが、勝算が無い以上は――」
武器屋おやじ「村長、状況は以前と違う」
武器屋おやじ「その娘らがいるじゃねぇか」
指差した先には唯たちが居る。
武器屋おやじ「俺は知ってるんだがね、なんせウチの武器で戦ってくれたんだ」
武器屋おやじ「あの娘らはこの町唯一!ランクDのモンスターを討伐したギルドだ!」
おやじが言い放った途端、周囲はざわめいた。
男B「なんだって?ランクDの討伐をしたんか!?」
男C「そいつぁすげぇ!」
男D「ほんとかよ、信じらんねぇなぁ」
ざわめきは止まらなかった、そのため村長が咳払いをした。
村長「んんんぬ!!」ゴンゴン
机を叩き、音を立てて一時の騒ぎを静止させる。
村長「お嬢さん達や、亭主の言った事は誠かの?」
律「おう!あたし達がトータル退治をクリアしたぜ!」
梓「律先輩、いいんですか?トンちゃんとはまともに戦ってないですけど・・・」ボソボソ
律「嘘も方便だろぉ?」ボソボソ
紬「りっちゃんの言うとおり、今はこの場を凌ぎましょ」ボソボソ
村長「ふぅむ・・・」
目を閉じてじっと動かなくなり、どうやら長考しているようだ。
紬「あの!」
紬が声を出すと、村長はゆっくりと瞑った目を開いてこちらを見た。
紬「それに、エリンちゃんを引き渡したとしても」
紬「ライラックがこの町を襲わないという確証はあるのでしょうか?」
またざわめきが始まった。
しかし周囲の声は先ほどと打って変わり、暗い様子である。
紬の意見はどうやらツボだったらしい。
男C「たしかにな・・・エリンを渡した途端、攻撃してくるかもしれねぇ」
男D「構わず襲撃してくる可能性の方があるんじゃねぇのか?」
村長「んんんんぬ!!」ゴンゴン
また周囲を静止させ、村長が言う。
村長「お嬢さんの言うことはもっともじゃ、それは前から協議されておった!」
村長「だが、以前の協議では勝算が見つからず、取引に応じるのが最良と判断したのじゃ」
村長「しかしじゃ・・・」
村長は辺りをゆっくりと見回し、
続いて声のトーンを上げて言い放った。
村長「もし!この町に勝算があるとすればじゃ!」
村長「わしらは争いの選択を取る!」
オオオオオオオオ!!
途端、周囲が歓喜した。
実は初めから、町の人々全員がエリンを引き渡したくなかったのではと梓は感じた。
澪「す、すごいなっ」アセアセ
律「おじいちゃんやるぜ!」
村長「だがの、まだ一人納得のいかない者もおるんじゃ」
唯たちに聞こえる音量で、村長は語りかけた。
唯「それは――」
バーーン!!
唯が問いかける声は扉が開く大きな音にかき消された。
紬「マーサさん?」
ドアの前に仁王立ちしているのはマーサだった。
マーサは眉間にしわを寄せ、怒り奮闘した表情をしている。
紬「マーサさん、どうして――」
マーサ「貴方達、余計な事をしてくれたわね」
一同を一瞥すると、マーサそれから目を合わさなかった。
マーサ「村長!話しが違うんじゃないかしら!?」
村長「マーサや・・・過去に囚われては未来の足枷となろうて」
マーサ「引きずって生きるのよ!ここにいる全員と!この町が!」
マーサ「だから私がこの取引を斡旋したというのに!!」
紬「え?」
何を言っているのか理解できなかった。
マーサが取引を斡旋?そんな訳ないと紬は心の中で呟いた。
村長「聞いておったのなら分かるじゃろう!」
村長「あのライラックは、きっと、取引の後にこの町を襲撃しよる!」
マーサ「なら、あの娘を引き渡した後に争えばいい!」
マーサ「私はあの娘が居なくなればそれでいいのよ!!!」
マーサは力いっぱいに声を荒げていた。
それから広間は静まり返っていたが、唯の言葉が静寂を切った。
唯「マーサさん」
唯「ライラックを倒した後は、エリちゃんはわたし達と一緒に旅に出ます」
唯「だから、この町を離れます」
マーサはキッと唯を睨み付けた。
今まであんなに優しかったマーサさんがどうして、紬はその様子が未だ信じられずに居た。
マーサ「分かったわ、いいわ、あの娘が居なくなるのなら」
マーサ「どっちでも」
そう言い捨てて踵を返し、マーサはその場を去った。
男A「マーサさん・・・」
律「なんだよ!どういうことだよ!?なんであのマーサさんが」
紬「どうして・・・」グス
紬はショックの余り、床に座り込んでしまった。
項垂れて、それはうっすらと涙を隠しているからだった。
澪「ムギ・・・きっと何か事情があるんだよ・・・」
(ムギはマーサさんと仲良かったからな)
マーサの家に用事があって行った時、マーサと紬は仲良くお茶を淹れたり、
遅くまで話し混んでいる事が何度かあったなと、澪は思い出していた。
男A「マーサさんはな・・・」
男A「6年前の惨事で、夫と息子を亡くしてんだ・・・」
律「6年前って、それじゃあ・・・」
男A「だから、エリンの事を死ぬほど恨んでる・・・」
梓「そんな・・・」
6年前の悲劇、マーサもまた被害者だったのだ。
梓は、エリンもマーサも大好きだった。
この町に来てから何度もマーサに立会い、何度も助けて貰った。
梓以外にも、この場の全員がマーサに返しきれない程の感謝を抱いているに違いない。
それだから、とても複雑な心境に陥ってしまい、どうすればよいのか分からなかった。
しかし梓の予想とは違い、唯の気持ちは違っていた。
唯「わたしは違うと思うな」
他のメンバーが躊躇し、戸惑いに駆られていたところ、
唯だけはしっかりと前を見据えていた。
梓「唯先輩・・・」
唯「だって」
唯「エリちゃんを渡すのは絶対間違ってるから!」
どのような事情があろうと、唯は変わらない答えを持ったのだろう。
だから、強情で、純粋で、危うくも正義を貫く、そんな先輩が好きなんだろうなと思ってしまう。
紬「唯ちゃん・・・」
澪「そうだよな、唯の言う通りだよ」
澪「マーサさんには色々と教えて貰ったけど・・・」
澪「今度はわたし達が教えてあげないといけないのかもな」
律「澪ちゃんカッチョイッ、ヒューヒュー!」
澪「ちゃかすなっ!」
ゴチン
律「それで、村長のおじちゃんよお」ヒリヒリ
村長「うむ、この町の総力を上げて、ライラックに立ち向かおう」
村長「お嬢さん達のお力、どうか助力いただけるかの?」
村長は深々と頭を下げた。
男A「お、お前さん達!すまなかった!」
男B「すまねぇ!この町を救ってくれ!」
周囲の面々も、次々と頭を下げた。
律「ったくしょうがねぇなぁ!」
ボリボリと頭をかきながら律は前に出たが。
スッと紬が立ち上がり、律よりも前に出て言い放った。
紬「高くつきますわよ!」
鼻を赤くし、少し震えた声で律のセリフを奪った。
律「あたしの見せ場が・・・」ガクッ
澪「ププ、残念だったな」ボソ
律「ちぇ・・・」
グスグスと鼻をすすりながらも、真っ直ぐと前を見据える紬を見て、
律もまた、真っ直ぐと前に向き直し、人々の声援を全身で受け止めるのであった。